日本を代表する免疫学者である石坂公成先生が、ある新聞記事でこのようなことを書いておられました。「私が米国から日本に帰って感じたことは、日本人の考え方が35年前とは変わってしまったことだ。学生たちは自分が将来何をするかよりも、有名な学校に入ることや安泰を第一としているし、エリートたちは名を上げることやほめてもらうことを目的として生きているように見える、私の大学時代には、基礎医学の研究者などという職業では自分の仕事をほめてもらうどころか、関心を払ってもらうことすら期待できなかった。それなのに私が学問の世界に飛び込んだのは、自然科学の美に魅せられたからである。我々基礎科学者はたとえ何かの発見をしても、それは元々自然がつくったものである。でも、自然のすばらしさは感激に値する。私が研究者として成功した最も大きな理由は、私が愚直だったことにある。幸いにして正直であることは科学者にとって最も大切な資質であったし、愚直は多民族社会である米国で自分の信念を通すために最も重要なことであった。」
私も、レベルは違うものの、今まで大学で研究に関わってこれたのも、あるものの発見という感激を味わい、石坂先生の言われる自然科学の美に魅せられたことによると感じています。1989年、米国ミシガン州デトロイトのウエイン州立大学の分子生物学遺伝学教室に留学中、私は胃の粘膜中に存在するプロテアーゼの一つであるカテプシンEの遺伝子クローニングに従事していました。失敗を繰り返しながら1年間いろいろクローニングに工夫を凝らし、ようやく目的とするものが得られたかどうかの結果が出るシークエンスのオートラジオグラフィーのフイルムを(当時まだシークエンスは蛍光色素ではなくアイソトープを使用しており、オートラジオグラフィーで可視化する必要があったため)、待ちきれずに早朝の5時に研究室へ出かけ現像し、カテプシンEの遺伝子配列を手に取った時の感激が忘れられないからです。教室の若い大学院生たちにも、このような感激を味わってもらいたいし、自然科学の美に魅せられてほしいと願っています。今日の夜は定期的な研究カンファレンスの日です。新たな発見が得られたか期待したいものです。